健康を考えるブログ

DIC研究所通信 

信州大学名誉教授 山田 一 先生 ご創刊によるDIC研究所通信は、先生が昨年9月80歳でご逝去に伴い、最終号を迎えた。

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先生には柿茶本舗の創業50周年記念講演会の講師で坂出にも来て頂いた事がある。

その時の手記を、当法人の井上理事長が最終号に投稿している。

↓ 井上理事長 投稿手記

山田 一 先生を偲ぶ

1.山田一先生との出会い

私が山田先生に初めてお会いしたのは、平成10年(1998)年11月18日信州大学工学部で、西式健康法での健康づくりを普及されていた故渡辺医院・院長 渡辺正先生の講演会の時である。

渡辺先生が、信州大学工学部の山田先生から学生向けに健康づくりの講演を依頼されたので、井上君一緒に行かないかと誘われ、先生と長野市にある信州大学工学部まで同行した。

山田先生がわざわざ駅まで出迎えてくれ、研究室に案内された。

2.山田先生の研究室

研究室では、人工心臓を使った人形を見せて頂いた。人形は透明のプラスチックで作られ、その心臓にはリニアモ-タ-で造られた人工心臓が埋め込まれていた。また研究室のドア-は、リニアモタ-で試作された自動ドア-であった。

講演会は工学部の教室で行われ、山田先生が自分の腎臓病は渡辺医院で回復し、その後毎年夏休み中には渡辺医院で養生していると挨拶された。

講演後の懇親会では、渡辺先生を囲み山田先生や研究室の学生も一緒に、美酒に浸りました。その時の山田先生のバンカラ振りは、私には経験したことのないもので驚きました。

3.山田先生を弊社創業50周年記念 講演会の講師に招く

平成11年5月15日、弊社の柿の葉茶「柿茶」づくり創業50周年講演会に先生を講師としてお招きした。長野から四国は遠く、それでも先生は快く講師を引き受けてくれました。

ご講演の演題は、「健康共同体としての渡辺医院」でした。「わしは不良の入院生で、たばこは吸うし色々あったが渡辺先生には公認済みであった」と、大変機微に富んだお話で、開場を沸かせてくれました。

4.リニアモ-タ-

先生の講演中に会場のスピ-カ-にノイズが度々入り、聞き取れないことからホテルの担当にクレ-ムを付けられましたが、そのノイズ音は講演終了まで直りませんでした。

先生は、この講演に市販されているリニアモ-タ-が内臓された髭剃りを持参されていて、これにリニアモ-タ-が使われている事を丁寧に説明されていました。

講演が終わってからも、先生はスピ-カから出るノイズのことが気になっていたらしく、ホテルの支配人を呼び付け注意されましたが、どうもノイズはその髭剃りの磁石が原因ではないかとの意見が周囲のスタッフから出て、一件落着。

3. 謝礼は飲み代に消える

講演会後、懇親会があってその後の二次会は丸亀市内のクラブに行き、いい気分でお酒に浸りました。私は、翌日の行事を控えていることから、23時頃ホにテルに帰りました。先生が翌日の午前中に長野に帰られると言うので、講演の謝礼を届けたところ、先生はベットの上でワイシャツのまま、豪快な姿で寝ておられました。先生、何時頃お帰りになりましたかと聞くと、午前4時頃との事。持って行った薄謝は飲み代に消えたと・・・。

4.DIC通信 

講演会後、先生からお手紙で井上君、柿の葉茶「柿茶」で博士号を取らないかとのお誘いをもらいましたが、その時間もなく丁重にお断りしました。そんな時DIC研究所の機関誌が送られてきて、私も皆さんのお仲間入りをしました。先生から原稿が欲しいとの依頼も時々あり、駄文をその都度お送りしました。

5.お送りした原稿は、書き方の指導を受ける

山田先生にお送りした原稿は、メ-ルで細かな校正を受けることが度々ありました。先生の文章の書き方は本当に参考になり、大いに勉強になりました。 ある夏、四国で学会があり先生は、水野先生と工場に立ち寄られたので、温冷浴を準備し入浴して頂きました。

6.健康会館での養生

弊社では、健康づくりの拠点として2006年春 坂出に健康会館を建設しました。その7月に先生が健康会館に来られ、初めての入寮者となりました。家内と二人で先生の養生をお手伝いすることが出来、その時の記事が、DIC通信VOL8,NO,4にも掲載されました。

7.山田先生との最後の面会

先生が信州大学を退官された後も、先生には晩年までご指導頂くばかりの16年間でした。

一昨年の7月18日、DIC研究所に会社職員と訪問した時、話題のひとつに先生が信州大学の学長を裁判で訴えているとの話しをされました。如何にも先生らしく、日頃の正義感が飛び出したものと思いました。

先生の部屋で写真を撮り、朝食を食べていないので一緒に行こうとのお誘いに近くの喫茶室へ行き、お茶を飲みながら一時間ばかり色々なお話をしました。その訪問が先生との最後になりました。

豪快で、繊細で学生をこよなく愛した山田先生。戦前の教育を受け、今では大変珍しい個性丸出しの先生でした。

私の仕事についても、色々丁寧にご指導を頂きました。

先生のご冥福を、心からお祈り申し上げます。

2013年10月16日

有限会社 生化学研究所 代表取締役 井上 信幸


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